橋田壽賀子 若い頃はキレイだった?現在の病気や安楽死したい熱海の自宅で終活中!財産は使い切る!趣味は世界一周クルーズ!

ほとんどの人が知っている大ヒットドラマの「おしん」「渡る世間は鬼ばかり」などの日本を代表する脚本家の橋田壽賀子さん。

橋田壽賀子さんは御年93歳。健康でなければ、この歳まで長生きできません。今でもとてもお元気そうに見えますよね。

ですが、ここ最近、歳を感じてきていらっしゃるようで、「安楽死で死なせてください」という著書を出されました。

この本は、大きな反響を呼んでいるそうです。

そんな橋田壽賀子さんの現在やなぜ安楽死宣言をされたのか調べてみました!

橋田壽賀子さんwiki風プロフィール

名前   橋田壽賀子(はしだ すがこ)

生年月日 1925年5月10日(93歳/2018年12月現在)

出身地  日本統治時代の京城府(現:韓国ソウル)

橋田壽賀子さん キレイだった若い頃

朝鮮で生活をされていましたが、日本で教育を受けた方がいいからと、9歳で母親と帰国し、大阪で暮らし始めます。父親はお土産屋を経営していたため京城府に単身赴任のまま残りました。

橋田壽賀子さんは朝鮮から戻って来たということで、小学校でいじめに遭ったそうです。

その後、日本女子大学文学部国文科を卒業後、早稲田大学第二文岳演劇専修に入学し、学生劇団に所属し役者を務めます。その頃は演劇に夢中になり、一時期は女優を目指したそうです。

橋田壽賀子さん24歳ごろ

引用:http://nutscopanda.blog.fc2.com/blog-entry-1104.html?sp

歳を取られてからの橋田壽賀子さんを見ることが多いので、若い頃の橋田壽賀子さんはキレイで驚きです!

また脚本塾に通い演劇の創作を始めます。

早稲田大学在学中に松竹の脚本部の採用試験を受け合格。1949年に大学を中退して松竹初の女性社員となりました。

橋田壽賀子さん 結婚

引用:http://nutscopanda.blog.fc2.com/blog-entry-1104.html?sp

橋田壽賀子さんが40歳の時に結婚されます。

旦那さんとなる方は当時TBSのプロデューサーをされていた岩崎嘉一さんです。

橋田壽賀子さんが結婚したきっかけは、その時40歳を過ぎていて脚本家としてちゃんと一人で食べていけるか生活に不安があり、岩崎嘉一さんと一緒になれば月給ももらえるからという考えで結婚したそうです。

当時のテレビ局のボーナスは入れた袋が机に立つくらいすごかったそうですよ。

50年以上前に、アラフォーで結婚するというのは珍しいことですが、やはり昔は世間体などを気にされるのでしょう。旦那さんの姑がうるさいので、同じ年ということにしてくれと言われたそうで、その時、年齢詐称で苦労したというエピソードがありました。

結婚当時は橋田壽賀子さんが41歳で、旦那さんは37歳でした。

新聞に年齢をごまかして書いたら、一斉に新聞社へ投書、電話があって、新聞社に「姑が云々」と説明するので大変だったそうですよ。

さらに、夫の岩崎嘉一さんは亭主関白な人だったのですが、結婚したときの約束が、

『脚本の仕事を続けてもいいけど、主婦が第一。だから、自分の前で原稿用紙を広げるな。その代わり、金はちゃんと持ってくる』

そんな約束だったので、脚本を書けるのは、旦那さんが出かけている時のみ。しかも家事の合間をぬって仕事をしていたので、いつも時間との闘いだったそうです。でも返ってこれが思わぬいい結果を生んだのでした。

旦那さんが「いつ帰ってくるか分からない、明日は書けないかもしれない、書くのは今しかない」という常に緊張感を持っていて「明日がない」という危機感が集中を生み、いい仕事をさせてくれていたというのです。

代表作となった『おしん』『おんな太閤記』『渡る世間は鬼ばかり』などの作品は、結婚後に書いたものなんだそうです。

時が経ち、仲睦まじく橋田壽賀子さんが旦那さんに尽くしながら生活を送る中、1989年9月27日 岩崎嘉一さん(享年60)が亡くなられます。

岩崎嘉一さんは今、静岡県にある実家のお墓で母親と一緒に眠られているとのことです。

夫はマザコンだったので喜んでいるはずと橋田壽賀子さんは言っているのですが、橋田壽賀子さんはというと、父親の実家の愛媛県今治にあるお墓に入ることに決めているそうです。

とは言え、やはり半生を共にされた最愛の夫と、どこかで繋がっていたいという思いがあるのでしょう。橋田壽賀子さんは夫と一緒にと思って購入した日本文藝家協会の共同墓もあり、そこには夫と自分の遺品の時計を入れてもらうそうです。

病気は?

橋田壽賀子さんは93歳まで元気でいられるのも健康だからなのですが、今までスイミングや筋トレをされているからなんです。

橋田壽賀子さんは55歳までカナヅチだったそうで、木原光知子さん(元水泳選手・タレント・実業家)に指導してもらい、泳げるようになりました。

引用:http://nutscopanda.blog.fc2.com/blog-entry-1104.html?sp

ですが、80歳の時に1000メートル泳いでいた近所のホテルが閉鎖され、市民プールには行きたくないので週3でジム通いしトレーナーについて筋トレをしているのだそう。

しかも以前、タバコを吸っていたそうで、「やめて3年くらいになりますね。たったの3年ですけど」とバラエティ番組(2017年)で明かしていました。

また、橋田壽賀子さんが同年代の人と比べて少しふっくらしているのは、一日200グラム肉を食べるように医師から指導されているからだそうです。

なので、お手伝いさんに肉を200グラム使うメニューを作って貰い食されているとのこと。

肉を食べるのは、たんぱく質を摂った方がいいためなのです。年を取ると筋肉が落ち、筋肉が落ちるとボケやすくなり、鉄分不足はうつ病の原因となるので、赤身を多く摂る方が良いんだとか。

橋田壽賀子さんは高血圧の薬を飲んでいるようですが、ありとあらゆる健診を受けているようです。

やはり健康には特に気を使われているんですね!

安楽死したい!熱海の自宅で終活中!

自分の死について考え始めたのは、88歳ぐらいからだそうで、それまでは、自分が死ぬなんて思わず一生懸命仕事をしていました。

しかし、そのぐらいの年齢になると、自分の体がしぼんでくるのがわかり、それを見て「死」というものを実感したそうです。

それから終活に手をつけられたのは89歳のときでした。

同じく熱海に住む泉ピン子さんから「ママはもう十分に歳をとっているんだよ」と言われ、「立つ鳥跡を濁さず」と考え始めたそうです。

それで、お手伝いさん達に手伝ってもらい自分の持ち物の整理を始めました。

これが橋田壽賀子さんの終活をスタートするきっかけとなったのだそうです。

ものを片付け始めることから終活が始まり、1年ほど経ってから何十年もの間たまっていたものがなくなって家の中がすっきりしたそうです。

なにも残さずに亡くなりたい…

確かに、亡くなられて天国には持っていけませんものね。

安楽死

「安楽死できれば」という同世代の知り合いは何人もいて、自分が役に立たなくなって、体もしんどく、子どもや他人に迷惑をかけているなら、辛い思いをして生きるよりも……という考えを持つ方が思いのほかいるそうです。

橋田壽賀子さんは「私は天涯孤独」と言われており、橋田壽賀子さん自身は認知症になったら、安楽死して欲しいと願っています。もし認知症になりかけたら、安楽死団体のあるスイスへお手伝いさんと一緒に行くつもりなんだそうです。

安楽死はひとつの保険みたいなものに思えるんです。いざとなったらこういうふうに死ねるんだと思えば、元気なうちにお金を使って、楽しく過ごそうという意欲が湧いてくる。

身寄りがいないので、体が自由に動かなくなったら、世話をしてもらうのにかなりお金がかかります。生活をするために、将来足りるのか不安に思いながら使うわけです。ですが、保険みたいに安楽死があれば、お金が安心して使える。元気なうちに精いっぱい使えるという安心があるのです。

倫理的な問題はありますが、本人の意思がはっきりしていて家族も了解していたら、判定員の方とお医者さまとの相談の上、安らかにお送りしましょうか、という判断をすることも、私はあっていいと思うんです。尊厳死に近いかもしれません。

財産は使い切る!趣味は世界一周クルーズ!

橋田壽賀子さんには、遺産相続者がいません。

『死んだら全部、国が持っていきます。なので自分で稼いだお金は全部使い切って死にたい。お金を病気や介護費用につぎ込むのはイヤ。楽しいことに使いたい。』

いつ死んでもいいけど、生きているうちは元気でいたい。

現在はジムに通いスクワットや腕立て伏せなどの運動をしています。それは長生きするためではなく、残った人生の時間を元気で遊び尽くすためなんだそうです。

現在は、お手伝いさんを交代制で6人雇っているそうです。午前中に仕事を終わらせて貰い、午後は一人の時間を過ごすのだそう。

このほうが親族に面倒をみてもらうよりずっと心豊かでいられるし、理想的な暮らしをされているようです。

そして橋田壽賀子さんの「元気と若さのヒミツ」は唯一の趣味の

大型客船「飛鳥Ⅱ」の世界一周クルーズ

なんだそうです。

これまでに世界を3周し、南極には2度訪れているそうです。

飛鳥IIのひとりあたりの旅費は、102日間で330万円~2625万円。

一人で世界一周するのに3000万円近くかかりるそうです。要は2人部屋を1人で使うので、2人分とか1.5人分のお金を払わなければいけないのです。

二人で行く場合(ひとりお供を連れて行く)は、オセアニアクルーズなんかに行くと4000万円くらいかかるそうです。

ですが、趣味である唯一の楽しみのクルーズ旅行に行くために、一生懸命仕事をして稼いできたそうです。

身の回りのことを自分でできて、楽しみがあるうちは、もうちょっと生きていてもいいかなと思っているのだそうです。

橋田壽賀子さん 終活中で安楽死したい! まとめ

橋田壽賀子さんは『死んだらお葬式も偲ぶ会もお墓参りもしてほしくない。とにかく生きている間にお金を使って遊び尽くし、ひっそり死にたい』そうです。

若いときから死に方について考えることは、生き方を見つめ直すことになるし、人生を豊かにしてくれると橋田壽賀子さんは言われています。

若い時は、『死』についてほとんど考えない人が多いのではないかと思います。ですが、いつ何どき直面するかわかりません。橋田壽賀子さんが言うように、人生を見つめ直すことができ、後悔しない大切な人生を歩めるかもしれませんね。

スポンサーリンク
336




336




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
336