髭男爵山田ルイ53世、神童から引きこもり一発屋芸人を経て作品賞受賞【ゴロウデラックス】

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神童から引きこもり一発屋芸人を経て

6年生の時に、休み時間に1人だけ教室に残って勉強する同級生がいて「何してんの?」と聞いたら「中学受験するんや」と。

みんな公立中に進学するもんだと思っていたから「格好ええやん」と思い、安易な動機で夏休みから受験勉強を始めました。

塾に通い始めたのですが、その塾の生徒は山田ルイ53世を含めて2人。

頼りない男の先生で「こんなんで受かるはずない」と思ってたら、兵庫県では有名な私立の六甲中学に受かりました。

それでその先生、ちょっとテンション上がり、町中に塾のビラまいたんです。

「君も山田くんみたいになれる!」となり、そこで「神童感」が出たとか…

相当努力をされたと思われるのが、中学受験するとき、睡眠時間は3時間で、白髪になり、倒れて病院では「過労」と言われたそうです。

その結果 私立の進学校に合格し「神童」と言われるようになって、本人も当時は「勘違いしていた。天狗になっていた」と言っています。

中学時代

中学は男子校で、家が医者や弁護士という子ばかりだったそうです。

友達がホテルの一室で誕生パーティーをしたと聞いて、「住む世界が違う」と。

山田ルイ53世は毎朝5時に起き、電車を乗り継いで2時間近くかけて通学していました。

経済的な格差はあったものの成績は学年で3番以内。

運動も、サッカーを始めた時にリフティングが200回できたくらい才能があった。

学級委員長的なポジションで、自分の能力に関しては万能感に満ちていたとのこと。

それってすごいですよね…

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引きこもりの引き金

六甲中学は、駅を降りてかなり長いこと歩いた山の上にあります。

中2の夏のある日、坂の途中でウンコをもらしてしまいます。校庭で洗って登校したのですが、3時間目くらいまではそしらぬ顔をして平静を装っていたのが、ウンコは乾いた時の方が香り立つもので、周りが異変を察知。

そのお年頃は『信じられないくらいウンコに厳しい目を向けるお年ごろ』なので、「運動も勉強もできる山田くん」というのが邪魔して、誰もつっこめない状況だったそうです。

お互い、事態をどう処理していいかわからないまま、4時間目が始まるところで、耐えきれなくなり、何も言わず家に帰りました。

そんな出来事から、すぐに夏休みに入り、9月の始業式の朝、ベッドから出られなくなっていました。

宿題も終わらず、本人のポジションからしたらあり得ない状況。

さらには友達との経済的な格差とか、がんばって通学している中でウンコもらしたことなんかが、ボディーブローのように心にたまっていて「学校行くんしんどい。もういやや」となってしまいました。

一度休んだら、学校へは行けなくなってしまい、勉強も運動もできたという今までの自分との落差から「1回失敗したからもうゼロになった」と考えてしまったそうです。

その後、中学は辞め、高校も地元の公立の進学校を何の勉強もせずに受けて落ち、誰も知らないところへ行こうと思い、高知の私立の進学校を受験しに行ったけど、試験はせずにカツオのたたきを食べて帰ったそうです。( ゚Д゚)!

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テレビで見た成人式で大学を目指す

中学から20歳までの6年間ずっと引きこもっていた時に、テレビを見ていたら成人式のニュースが流れました。

その時に「やばい。成人してるやん」

人生の宿題がたまって、さすがに手をつけられなくなると焦り「大学行って帳尻合わせな」と思ったそうです。

大検を取り、1浪か2浪の年齢で愛媛大法文学部の夜間コース進学しました。

大学では柔道部に入ったり学園祭でお店出したり、バイトしたりして大学生らしい生活を送っていたのですが、突然 山田ルイ53世の悪い癖エリート意識が出て「ちょっとした大学行っても、人生的には取り戻されへん。まだ負けてる」みたいな気持ちがあったそうです。

こんな大学生活を送っている自分は本当の自分じゃないと大学を2年の途中で辞めて、東京のNSC(吉本総合芸能学院)に入ります。

東京の養成所に通い、あばら家で極貧生活を送っていたころに出会ったのが、相方のひぐち君

最終的に、あの悪い顔したエリート意識が消えたのは、お笑いの世界に入った後です。

勉強が多少得意だったことなんて、何の役にも立たなかったことを経験したからです。

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kanrenkontentsu



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