長嶋一茂 なぜ今プチブレイク?その理由は?父・長嶋茂雄氏との確執とパニック障害(重度のうつ)の関係




スポンサーリンク

つらい過去⦅パニック障害⦆との関係

ある番組で、以前重度のうつで自殺を考えていたことを吐露。

長嶋一茂さんは健康には自信があったそうですが、異変が起きたのは1996年夏。

嫁とレストランで食事中、過呼吸の症状である過換気症候群で呼吸が困難になり、それ以降、「家の中にいても天井がぐるぐる回る」など、症状は悪化。

「気が弱いから、気合が足りないから、こんな病気になるんだ」と自分自身を責め、奮い立たせていたようですが、それがかえって余計なプレッシャーとなり、症状を悪化させていたのかもしれません。

ほとんどノイローゼで、自殺衝動もあったそうです。

その当時は父の長嶋茂雄さんが監督を務めていた巨人で2軍生活をしており、父親には病気について打ち明けることができず、「外に出るのが怖い」という状態で一度も練習に行けなくなり、その年の冬に戦力外通告を受け、引退されました。

激しいめまい、過呼吸、外出や乗り物に乗るのが怖い…など、パニック障害の症状はその後、10年以上続き、42歳だった2008年にピークに。

同年3月、ずっと世話になっていたお手伝いさんをがんで失い、7月には大好きだった祖母が、9月には母親が他界。

「愛してる女性が3人天国に逝った。ここで完璧に重度のうつです」

毎日、夜中の3時に発熱し、汗だくで飛び起きる日が続き、『お前が死ね、お前が死ね』って幻聴が聞こえる。

3時ぐらいに『自殺したいって自殺衝動がすごくて、常に包丁持ってました…、毎朝」と衝撃の告白をされました。

スポンサーリンク

自殺衝動と闘う日々で症状が回復し始めたのは47歳のころでした。

きっかけは「いつ死んでもいい」と諦めたことだったそうで、『殺してくれ。とにかく殺してくれ』っと神様にお願いしていたそうです。

それから良くなっていき、薬もやめて、『もう死ぬから!』という気持ちを持ってから だんだんと良くなっていったそうです。

長島一茂さんは、天才バッター長嶋茂雄さんの息子でありファンやマスコミの注目度は、普通の選手よりも遥かに大きく、そのため、長島一茂さんに耐えられる以上の大きなストレスやプレッシャーが常にかかっていたのではないかと思われます。

パニック障害から立ち直った今、あれだけ長い間苦しめられたパニック障害になって良かったと言っています。

「何より、パニック障害に見舞われたからこそ、得られたことがたくさんあった。一番いい例が『読書の習慣』が身に付いたことだが、その他にも、肉体的に、精神的に、本当にいろいろなことを学ぶことができたように思う。

小さい頃からがむしゃらに野球バカを地で行く感じでやってきて、もしも30歳でパニック障害になっていなかったら、私は、かつて母親が言った通り、世の中の機微がまったくわからない『傲慢な人間』のまま無惨な人生を送っていたか、あるいは、命にかかわる大病を患っていたかもしれない。

スポンサーリンク

今や、ネット上では「常識がなさすぎ」と、ドン引きする人も増えている中、あえて『天然ボケ』キャラクターを作って自覚されている『傲慢な人間』を演じているのでしょうか…

本当のところはわかりませんが…

長嶋一茂さんを調べていくうちに少しイメージが変わりました。

私たちでは想像し得ないプレッシャーと戦っていたんですね。これからは色眼鏡で見ずに番組を楽しめたらと思います。