富田昌子(フレアバーテンダー世界一の日本人女性)はホームレスだった?wikiと年齢サバ読みがスゴイ!




「激レアさんを連れてきた」フレアバーテンダーの富田昌子さんが出演されます。

今回は

「ただ流されるままに生きた結果、ホームレスにまで流されてしまったが最終的に男だらけのフレアバーテン界で世界一になったギャル」

ということで、なんだかおもしろそうな経歴をお持ちのようなので調べてみました!

スポンサーリンク

富田昌子さんwiki風プロフィール

名前      富田晶子(とみた しょうこ)

生年月日    3月11日

出身      新潟県

身長・体重   157cm・43kg

スリーサイズ  B 80/W 60/H 83

味      特技剣道2段、少林寺拳法、日本舞踊(10年)、茶道

富田昌子さんの職業はフレアバーテンダーなのですが、どういうものかというと…

「フレアバーテンダー」とは

ボトルやシェイカー、グラスなどを使ってバーテンダーが曲芸的なパフォーマンスでカクテルを作るスタイルです。

アメリカのバーテンダー・ジェリートーマスが、ウイスキーに火をつけて行ったパフォーマンスがそもそもの起源とされています。

映画『カクテル』で、トムクルーズがフレアバーテンダーを演じたことで一気に有名になりましたね。

「フレア」(flair) は、英語のスラングで主に「自己表現」と訳されます。

かっこいいフレアバーテンダーの動画があったので、どんなものか紹介しますね。

富田昌子さんの母親が日本舞踊の先生をされていて、3歳から習っていました。

ですが母親が病気で教えることができなくなり、中学に入る頃には日本舞踊を続ける環境がなくなってしまいます。

東京に憧れがあり高校1年生の時に、1人日帰りで初めて東京に来ました。

渋谷109で撮影をやっていて「写真を撮りませんか?」と声を掛けられ、東京での記念写真だと思い撮影したのですが、実はその写真がミスコンにつながっているとは知らず、勧められるまま応募すると全ての審査を通過し、そこである芸能プロダクションからアイドルをやってみないかと誘いがありました。

アイドル活動は「東京に行けるチャンスだ!」と思い1年だけと父親を説得して上京。

雑誌やラジオやテレビに出演するなど色々な機会がたくさんあったのですが、ただ、東京に行けるという理由だけで、一体自分は何を頑張れば良いのかよくわからなくなり、その2年後にはアイドル活動をやめたそうです。

その後、行列が出来るレストランで働き始めます。

そこの受付の仕事をしていたのですが、ある日「バーテンダーをやってみないか?」と声を掛けられ、そこからフレアを始めるきっかけとなりました。

フレアが日本に来てまだ1年くらいしか経っていなかったのですが、フレアをみて感動して喜んでいるお客様がたくさんいました。

富田昌子さんはフレアで「人を喜ばせられる人間になりたい!」と強く思うようになり、BARの勉強とフレアの練習を1日10時間くらい毎日練習したそうです。

そんな中、母親が亡くなってしまい、その現実をなかなか受け入ることができず苦しい毎日が続いたそうです。

スポンサーリンク

富田昌子さんはホームレスだった?

東京に再び戻ってきたものの、友人もいなくて家もなく、3日間ほど公園暮らしをしていたそうです。

ご本人は「ホームレス生活は楽しかった」と…

公園で寝泊まりしていたけども、バーテンダーの練習を15時間できたので効率よかったそうです。

ですが、さすがに「このままじゃいけない!」と思い、以前バイトをしていた漫画喫茶に行き、バイトをさせてもらえることになり、家がないと話すと、パソコンが壊れている2番室を使っていいことになり、そこから漫画喫茶の2番室は富田昌子さんの家になりました。

そして夜はBARで働こうと履歴書に住所欄を空欄のまま(ホームレスだったので)出したのですが、雇ってくれたそうです。

そんな生活の中、3ヶ月が経った頃、漫画喫茶の14番室のお客さんが毎朝4時にスナック菓子を食べる音に耐えきれなくなり、漫画喫茶暮らしをここで卒業します。(笑)

スポンサーリンク

フレアバーテンダー世界一の日本人女性!富田昌子さん

富田昌子さんは以前、対人恐怖症に悩まされていたそうです。

母親が病で倒れ介護をしていた3年間はほとんど人と会わずにいたので、人と目が合うと震えてボトル1本さえも投げられなくなっていました。

少しずつテレビなどに出演する機会が増える一方で、批判の声も届くようになり、自信を失い、失敗しては泣くというのを繰り返していました。

そんな時、知り合いから披露宴でショーをやって欲しいと頼まれたのです。

「人前に出ると全身が震えてボトルを投げられない」という状態だったのですが、その方からの猛アピールでやることになりました。

それが、初めて作った15分のショータイムでノーミスで出来たのです!
人前でもやれた!この経験がその後の自分の糧となり 対人恐怖症を克服するきっかけとなったのです。

そこから国内・海外の大会でも優勝を収めるまでに回復。

国内大会で2回準優勝
グアム世界大会でも優勝

ですが、それ以降、富田昌子さんは大会に出場するのを辞めてしまいます。

それは、大会で優勝した喜びよりも、お客様がスタンディングオベーションしてくれた喜びが忘れられず、技で勝負するよりお客様の喜びを追求したいと思い、ステージパフォーマーとしての道を切り開いていくことを選んだのです。

スポンサーリンク

富田昌子さん 年齢サバ読みがスゴイ!

引用:http://excelling.co.jp/talent/shoko

今では、年齢を公開していますが、以前は14歳もサバをよんでいたそうです。

芸能界でも14歳もサバを読んでいた人はそうそういないんだそうです(笑)

現在は38歳(2018年11月現在)

バーテンダー歴&パフォーマー歴は18年

20歳のときからBARで働いていたそうなので、確かに歴は18年経っていますね。

とても美人なので若く見えますし、年齢詐称する必要がなかったように思いますが…

スポンサーリンク

フレアバーテンダー富田昌子さん まとめ

今では日本人女性フレアパフォーマーの第一人者として、企業やパーティーでショーをされていて海外などでも、パフォーマンスを行っている富田昌子さん。

過去にたくさん辛い経験をされ、それを克服し今では人を喜ばす仕事をされているんですね。大変な努力をされながら夢を叶えて前に進んでいる姿はステキです。

これからも日本を代表する「美しすぎるフレアバーテンダー」として活躍してほしいですね!

スポンサーリンク
kanrenkontentsu



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする