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ブラジルのバスジャック事件はストリートチルドレン虐殺事件と関係が? 闇警察の悪事とは?

エンターテイメント

2000年6月12日ブラジル全土に生中継され衝撃をもたらした“バスジャック事件”をご存知ですか?

リオデジャネイロ市内を走る路線バス(174路線)に乗り込んだ男の名前はサンドロ・ド・ナシメント。

バス停に並んでいた乗客が、サンドロが拳銃を所持しているのを目撃し通報。

現場に駆け付けた警察官がバスに乗り込み「今すぐバスを降りろ」と警告します。

すると男は近くにいた女性を抱え込み、取り出した拳銃を頭に突き付け

「お前たちが降りろ。さもないとこいつの頭を吹っ飛ばすぞ」

と仕方なく引き下がった警察官たち。

サンドロがジャックしたバスは警官によって包囲されバスの乗客11人を人質に立て篭もり、以後その模様はテレビを通じて4時間にわたりブラジル全土に生中継された事件です。

ブラジルバスジャック事件とストリートチルドレン虐殺事件との関係

乗客11名を人質に取って立てこもったサンドロは警察の緊迫した交渉が続けられる中、「自分はカンデラリア教会虐殺事件の生き残りだ」と叫びました。

それを聞いてメディアの報道はさらに熱を帯びていったのです。

バスジャック犯がなぜ悲劇と言われたのか?

1993年7月23日

真夜中少し前、路上生活をしていた少年たち約70人が寝ていたリオデジャネイロのカンデラリア教会前の広場に2台の車両が近づき、車に乗っていた5人の男たちが少年たちに銃弾を浴びせたのです。

8人のストリートチルドレンが銃で武装した集団に一方的に虐殺されました。

当時この教会はストリート・チルドレン達の簡易宿泊所を兼ねていて、その夜車で乗り付けた数名のグループによって虐殺されたのです。

驚くべき事にその犯行グループの中には警官が交じっていました。

ブラジル人なら誰もが知る、かつての惨劇の舞台だったカンデラリア教会。

この悲劇が今も語り継がれる「カンデラリア教会虐殺事件」なのです。

 

そして襲撃を逃れたストリート・チルドレンの中の一人がサンドロだったのです。

サンドロがストリートチルドレンになったのは父親は生まれてまもなく蒸発、母の手で育てられていたのですが9歳の時、母はサンドロの目の前で暴漢に刺し殺されたのでした。

ブラジルのバスジャック事件闇警察の悪事とは?

ストリートチルドレンは親が殺害されたり、家庭内暴力から逃げるためなど、さまざまな理由から路上での生活を余儀なくされている状況でそういった子供たちはブラジルの都市部には多いのです。

当時は生きるために窃盗や強盗を繰り返すしか選択肢がなかったストレートチルドレンに対して無差別に取り締まりと言う名の暴力が黙認されていました。

ブラジルは、あのカンデラリア教会虐殺事件で何人もの警官や、状況証拠からもっと大きな陰謀も存在したと考えられる発砲の責任を、ひとまずたったひとりの警官に絞ったのでした。

その教会前で寝泊まりしていた少年たちは、事件のあった前日に警察車両に対して投石していたというのです。

その投石への報復として虐殺があったとされていますが、もちろんそれだけが理由ではないのでしょう。

そしてストリートチルドレンは生きていくために、麻薬密売組織に利用されたり、スリや窃盗などを行う者もいることから、一般市民、とくに中産階級以上の都市生活者からは疎まれたり嫌われたり恐れられたりしている面がありました。

そうした路上の少年たちを抹殺してしまう行動は少なくとも1980年代からブラジル各地で行われていたのです。

 

殺戮の実行者たちが警官や元警官であることもあり、多くの警官が安い給料で生活しておりストリートチルドレンの盗みなどで被害にあっている地元の住民や商店主などから、警官は謝礼をもらっていることが指摘されているのです。

そしてもう一つ「死の部隊」と呼ばれるジュスチセイロ(自警団)については、”臭いものには蓋を”の理論で、路上で生活する少年たちの抹殺を容認する気運がブラジルの社会に存在していることも指摘されているのです。

サンドロはこれまでにも度々補導され少年院に入れられた経歴を持つストリート・チャイルドでした。

少年院でも賄賂を渡さない者には看守による暴力が日常的にふるわれており、定員10名の檻に30名以上の少年が収容され、刑期が終わっても収監されたままのものも少なくないといいます。

警官を含む大人たちに仲間が虐殺されるのを見ていたサンドロが警察を恐れるのは当然のことであり、どうしても警察には捕まりたくなかったという理由は後に裏付けられるような行動に出るのです。

バスジャック事件の概要

11人の人質をとったサンドロはさらに叫びます。

「イボーネを今すぐここに呼べ!」

「警察は卑怯者だ」

バスを包囲した警察は人質解放を求めて交渉を開始しますが、次第におおごとになっていく状況に興奮するサンドロは一方的にわめき散らすばかりで、事態は膠着状態になります。

警察の現場指揮官は交渉と同時に特殊部隊による狙撃の準備も整えていました。

ですがテレビが逐一生中継していることからそのチャンスは幾度となくあったのですが、警察上層部は狙撃を認めず、時間だけが刻々と過ぎていきました。

長らく続く緊張状態にしびれを切らしたサンドロは、手榴弾を持ってこなければ「午後6時に人質の一人を殺す」と通告します。

しかし警察は時間稼ぎをするばかりで何ら有効な打つ手立てがなかったのです。

そして午後6時、サンドロはついに人質に向けて発砲。

しかし実際には、この時点では誰一人として傷ついていませんでした。

人質の一人をバスの通路に寝かせたサンドロは、そのまま死んだフリをしているように言い含めると、人質を外すように発砲、他の人質達にも犠牲者が出て恐れ慄いているように振る舞うよう命じていたのです。

「死んだフリ」をしている犠牲者は警察やテレビカメラからは死角になっていて見えなかったのですが、しかし警察もまたそれがサンドロと人質たちの狂言である事は見抜いていました。

それはサンドロがこれまで殺人を犯した経歴が無い事、そしてこの期に及んでも人質の中に一か八かで脱出を試みる者が誰一人としていないことからでした。

サンドロが発砲したのにも関わず(実際は当たっていない)事態は進展せず、相変わらず警察の現場指揮官は時間を稼ぎながら狙撃や突入の許可が出るのを待ち続けるしかなかったのです。

サンドロを確保

サンドロが取り押さえられた様子

そしてついに事態は動きます。

しびれを切らし、銃を構えたサンドロが人質の一人を盾にとり、バスから降りて来ました。

その背後から、突入に備えてバスの陰に潜んでいた特殊部隊員が近寄り、1mにも満たない距離まで近づいた時、物音に気付いたサンドロがとっさに振り返ります。

と同時に近づいた特殊部隊員が2発の銃弾を発砲します。しかしその銃弾の一発は狙いを外れ、もう一発は盾となっていた人質の顔に命中してしまいます。

サンドロが倒れこみながら思わず発砲した3発の銃弾もまた人質の背中に命中してしまい、人質の女性は病院に搬送されるのですが、命を落としてしまいます。

そして引き倒されたサンドロは警察に取り押さえられ無傷で警察車両に押し込まれました。

ですが、サンドロは警察の車の中で窒息死するのです。

サンドロの死亡

後の警察は、サンドロの死因は窒息死でサンドロがパトカーの窓を破るほどひどく暴れた為、やむを得ず「暴れるサンドロを取り押さえようとして」首を絞めて気絶させようとした、と公表しました。

享年21歳の若さでした。

ちなみにサンドロを拘束し、窒息死させた警官は無罪となっているのです。

なぜ人質はサンドロに協力をした?

なぜ人質はサンドロに協力したのでしょうか?

サンドロは、

「俺は逃げたいだけだ。殺しなんかしたくない。無抵抗な人間が殺されるのはカンデラリアだけで充分だ。俺は警察の奴らなんかと違う」

と話し、人質には手を出さないと言い、しかも自らの境遇を人質に語ったのでした。

サンドロの境遇を知った人質はサンドロに同情し、奇妙な信頼関係が結ばれていったのです。

人質たちは「ストックホルム症候群」だったといわれています。

このバスハイジャック事件は、単なる強盗事件ではなく、ブラジル社会が抱える負の連鎖が引き起こした事件となってしまったのです。

まとめ

この事件を見ていて犯人サンドロの過去を理解した人々は、このバスジャック事件の複雑な背景に心を痛めたことでしょう。

サンドロは本当は心優しい人間で、生まれた環境、境遇により廃れた生活を送る事になってしまったのです。

これもブラジルの悲惨な現状を生きていくために道を外してしまう子どもたちに罪はありません。どうか早く社会情勢を整えて、ストリートチルドレンが一人でもいなくなるような環境になって欲しいと願います。

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