エールフランス8969便ハイジャック事件はパリのエッフェル塔に突入させる計画だった⁈

引用:Wikipedia

 

1994年、エールフランスの旅客機が武装イスラム集団によってハイジャックされた事件。

 

このハイジャックは2001年に起きたアメリカ同時多発テロの伏線ともいわれ、パリのエッフェル塔に激突させる計画だったそうです。

 

事件当時のアルジェリアは内戦状態で、上空を飛ぶ航空機は撃墜される危険性があるほど超危険地域でした。

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エールフランス8969便ハイジャック

1994年12月24日11時15分

アルジェリアの首都アルジェにあるウアリ・ブーメディアン空港からフランス・パリに向かうエールフランス8969便は、乗客220人と乗員12人を乗せて離陸の準備をしていました。

 

そこに突如、アルジェリアの大統領警護警察を装った4人組の男が乗り込んできて、窓のブラインドを閉じるように指示、そして乗客のパスポートをチェックし、所持品をビニール袋へ入れるように指示しました。

 

その4人組は「アルジェリア航空」のロゴの入った作業服を脱ぎ捨て、隠し持っていたAK-47 、UZI、手製の手りゅう弾を振りかざし、8969便を乗っ取った事を宣言。

 

ハイジャック犯は、20本以上のダイナマイトを機内に持ち込み、コックピットに1束、客席中央部に1束置かれ、起爆装置で繋ぎました。

 

ハイジャック犯は客室係の制服に着替え、狙撃兵が見分けがつかないよう扮装し、乗客を男女別々の座席に分け、女性客と女性乗務員にはショールを被らせました。

 

8969便が出発しないので、空港当局は不審に思い、「ニンジャ(Ninja)」と呼ばれるアルジェリア軍の特殊部隊をエアバス機の周囲に配置。

 

アルジェリアの内務相が空港に到着し、犯人との交渉が始まりました。

 

犯人グループは機長を通じてイスラム救国戦線(FIS)の2人の指導者の釈放を要求、一方、内務相はもし政府と交渉したいのなら子供と老人をまず解放するように説得しました。

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パリのエッフェル塔に突入させる計画

ハイジャック発生から2時間後、犯人は機長を通じて、旅客機を取り囲むニンジャを撤収させ、8969便を離陸させるよう要求しました。

 

しかし受け入れられなかったために、犯人グループは機体を爆破すると警告。

 

また、乗客の中にアルジェリアの警官が一人いることに気づき射殺、遺体を滑走路に投げ捨てたのです。

 

そして、乗客の中からアルジェリアのベトナム大使館に勤務するベトナム人男性を選び出し射殺しました。

 

犯人に対するベトナム人男性の対決的な姿勢が怒りを買ったとされています。

 

乗客の一部を解放するよう促す交渉で、女性、子供、病人の63人が解放されたもののほとんどがアルジェリア人で、170人以上が機内に残っていたのがほとんどフランス人でした。

 

アルジェリア政府は「ニンジャ」を使った強攻策を主張したため、フランス政府は苦しい外交交渉を続けざるを得なかったのです。

 

フランス政府は、機体がフランスのもので乗客の多くがフランス人であるとして、アルジェリアに対して自国の特殊部隊を派遣することを提案するのですが、アルジェリア政府に拒否されます。

 

ですが、フランス政府は国家憲兵隊治安介入部隊(GIGN)の投入を決定します。

 

しかし、一向にアルジェリア政府はフランスの協力を拒否し続けたのです。

 

翌25日、バラデュール首相は、ここでアルジェリアの武装イスラム集団に潜入させている諜報員から緊急連絡を受け、このハイジャックの目的は、エールフランス機をパリ市街に墜落させることにあると知ったのでした。

 

アルジェリア当局は、犯人の首謀者を特定し、その母親を連れてきて説得工作をしました。

 

ですが、逆に犯人はこれに激昂し、銃を乱射したうえで飛行機を離陸させなければ30分おきに乗客を殺すと警告しました。

 

それでもアルジェリア当局が離陸を許可しなかったために、3人目の犠牲者としてアルジェリアのフランス大使館に勤めるシェフが殺されてしまいました。

 

このことがあり、ハイジャック発生から39時間後、8969便の離陸許可がアルジェリア当局から下り、パリまで燃料が持たないため、マルセイユ・プロヴァンス空港で燃料補給することとなりました。

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フランス特殊部隊 GIGN 突入

GIGN隊員は国家憲兵隊10万人の中から選ばれたエリート中のエリート。

フランスの国家憲兵隊治安介入部隊GIGN(ジェイジェン)は装備やスキル、スピードとテクニックは、世界1、2位と言われています。

フランスの精鋭部隊が、アルジェリア政府から断固として拒否されつつも、フランス政府は24日夜、GIGNの投入を決定した際、スペイン政府からアルジェリアに一番近いマヨルカ島に出動させる許可をえて、GIGNはマヨルカ島の空港に移動する間にエアバスA300を習熟し、急襲作戦を練り上げていました。

26日深夜に、8969便はマルセイユに着陸。

このときマヨルカ島で突入作戦の訓練を完了していたGIGNが既に空港に隣接する空軍基地に移動して待ちうけていました。

そして、犯人たちは27トンの燃料給油を要求。

ですが、マルセイユからパリまでは9トンの燃料があれば十分であることから、燃料を満載にしてパリ中心部に飛行機を爆弾として使う犯人側の狙いが判明したのです。

午前8時、犯人側は9時40分までに離陸させるように要求。

フランス当局は給油だけでなく食糧や水の補充などで時間を稼ぎ、さらに交渉人は、機内で記者会見を促し、マスコミを入れるために機内前方を空けるように説得しました。

これは、GIGNの突入に備えて乗客を機体後部に隔離するための作戦でした。

その間、GIGNは空港職員を偽装して接近、外部からドアが開くことがわかり、窓に盗聴器を設置、それにより犯人の位置関係を完全に掌握し、陽が落ちるまで突入を待ちました。

犯人たちはマスコミが現れないことに苛立ち、機長に8969便を移動させるように命令、機体を管制塔やターミナルの方に移動させたのです。

この行動はGIGNにとって予想外の事態となり、GIGNは急遽編成を組み直し、狙撃手を管制塔に配備しコックピットを狙わせ、左側後部ドアから突入し、さらに右側後部ドアから突入する作戦を立て、犯人たちをコックピットに隔離する作戦に変更しました。

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午後5時、当局は給油作業を一方的に中止し、これに怒った犯人側はコックピットに現れ、4人目の犠牲者を物色し始めます。

犯人たちはドアを開け滑走路に銃を乱射、機内アナウンスでコーランを詠み始めました。

さらに、交渉人が管制塔にいると思った犯人は、コックピットから管制塔に向けて銃を乱射。

犯人側の銃撃が始まったことによりGIGNの突入を開始。

タラップが機体に近づけられ、それに気づいた犯人が発砲、その時、GIGNの2チームが後部ドアから機内へなだれ込みました。

ファーストクラス付近で激しい銃撃戦が始まり、その間に副操縦士はコックピットの窓から飛び降りたのです。

コクピット内の人質がいなくなったことで、管制塔からは狙撃手がコックピットの犯人をピンポイントで狙撃し始めた。

GIGNは安全を確保した乗客を機体後部の非常用シュートで脱出させました。

この時点で4名の犯人のうち3人が射殺され、最後の1人はコックピットに立てこもり双方で1500発の銃弾が飛び交う銃撃戦は20分続きましたが、最終的に残りの1名も射殺されました。

 

13人の乗客と、乗組員3人、GIGN隊員9人が負傷しましたが、全員で173人の乗客と乗組員が約20分間で救助されました。

 

その後

事件終結直後、武装イスラム集団は報復としてアルジェリアにいたカトリックの神父4人を殺害しました。

 

その内3人はフランス人でした。

 

武装イスラム集団の指導者は、8969便を最終的にエッフェル塔に突入させる計画だったことを認めたのです。

 

この「エールフランス8969便ハイジャック事件」は、のちにアメリカ同時多発テロ事件に連なる事件であったことがわかった事件でした。

 

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