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フェデックス705便ハイジャック事件の犯人とパイロットたち(機長)のその後と現在

フェデックス705便 ハイジャック事件の犯人と パイロットたちのその後 事件

誰もが知っている貨物機のフェデックス。

1994年4月7日アメリカテネシー州でフェデックス705便ハイジャック未遂事件がありました。

その犯人とパイロット(機長)達との間で壮絶な戦いがあり、墜落してもおかしくないあり得ない飛行をしていたとされる705便。

いったいどんないきさつでハイジャックされ、どのような事件だったのか?

犯人や機長を含むパイロットたちのその後や現在はどうしているのか?

フェデックス貨物機705便ハイジャック事件の犯人とパイロット(機長)たちのその後と現在を追跡します。

フェデックス705便ハイジャック事件の概要

その日のフライトは、機長のデビッド・サンダース(49歳)副操縦士のジム・タッカー(42歳)アンディ・ピーターソン航空機関士(39歳)が搭乗。

そこに、もう一人オーバーン・キャロウェイ(42歳)もギターケースを持って搭乗。

キャロウェイもフェデックスの航空機関士です。

フェデックスの従業員はフライトに便乗することは珍しくはないこと。

通常ならジャンプシートに座るはずが、キャロウェイは航空機関士の席に座っていました。

当日搭乗する運行乗務員以外は立ち入ってはいけないスペースなのにも関わらず、キャロウェイが座っていたことは明らかに規約違反行為。

後から搭乗した3人は、それを見て少し驚いたのですが何も言わずキャロウェイが席を空けたのでそのことには何も触れず通常業務に入りました。

キャロウェイはコックピット後ろのジャンプシートに座りました。

フライト準備をしている時に、ピーターソン航空機関士がボイスレコーダーのスイッチが切れていたことに気づきスイッチをONに戻しました。

ピーターソンは不思議に思っていたのですが、そのままやり過ごします。

その後、大惨事になるとはキャロウェイ以外、誰も知る由もなかったのです。

フェデックス705便がハイジャック

メンフィスからフェデックス705便が飛行して30分も経たないうちにジャンプシートに座っていたキャロウェイが凶器を持ってコックピットの3人を襲い掛かりました。

フェデックス705便がキャロウェイによってハイジャックされたのです。

持ち込んだギターケースの中には、数本のハンマーとナイフ、水中銃が入っていました。

キャロウェイは元海軍の空挺部隊に所属していました。

訓練を受けていたので動きに無駄がありません。

キャロウェイはそれらを取り出し、背後から航空機関士のアンディ・ピーターソンと副操縦士のジム・タッカーをハンマーで頭部を殴打。

機長のデビッド・サンダースは後方で鈍い音を聞いて振り向くと、キャロウェイがハンマーで打撃。

ハンマーを振り回され何回かは殴打され、必死に身を守ろうとしていたため飛行機が傾き始めたのです。

殴打された3人は意識が朦朧として記憶が薄れていきます。

キャロウェイはそれを見てとどめを刺そうと一度コックピットから出て、水中銃を持って再びコックピットに戻ってきました。

航空機関士のピーターソンは顔や頭に十数か所殴打され、血まみれになり意識が失いかけていてのですが、キャロウェイが持っていた水中銃のヤリの先が見えたのです。

ピーターソンは、そのヤリを奪い取らなければと矢じりのすぐ後ろを掴みました。

2人より傷が一番浅い機長のサンダースもキャロウェイを抑えにかかります。

そして、頭蓋骨骨折の重傷を負った副操縦士のジム・タッカーは機体そのものを武器として応戦したのです。

限界を超えたアクロバット飛行

副操縦士のジム・タッカーは元海軍パイロットです。

タッカーの空中戦をしていた時の経験が活かされ、アクロバット飛行をして犯人のキャロウェイを壁にぶつけたり転ばせたりしたのです。

タッカーは頭蓋骨に重症を負ったため麻痺が生じ、右腕はすでにほとんど役に立たなくなっていました。

それでも、コントロールヨークを胸まで引き、左に回転させました。

機体を140度限界まで傾かせ、急降下。

民間航空機では60度以上の傾きは想定されていません。

貨物や燃料が満載で重い機体が空中分解寸前でした。

無重力状態と体重の3倍の重力で圧迫される状態を交互に繰り返しながら、後ろではキャロウェイの反撃がまだ収まりません。

管制官へ緊急要請

その間にも、キャロウェイを二人で抑えているのにもかかわらず暴れまくりハンマーで機長のサンダースを何度か殴打されます。

それでも、キャロウェイを抑えている血まみれの二人は力を振り絞り諦めず押さえつけていました。

機体は危険なアクロバット飛行から水平に戻りました。

襲撃されてからここまで1分ほど。

とても1分の出来事ではない重く苦しい時間です。

やっとの思いで副操縦士のタッカーは航空管制官へ緊急の無線を入れることができました。

タッカーは、メンフィスへ戻ること、救急と特殊部隊の配置を要請しました。

パイロットが武力介入を要請することは、最も深刻な事態になっているという事。

管制官は緊張が走ります。

地上にいる誰もが、何が起こったのか理解できていませんでした。

ただわかったことは、パニックになっているクルーが何らかの「攻撃」をされ緊急着陸を要求したということだけでした。

危険な着陸

まだ後ろで、暴れている犯人を取り押さえるのに必死な二人。

副操縦士タッカーは、少しでもハイジャック犯を取り押さえることを優位にするために、また機体をほぼ逆さの状態まで傾けました。

何度も重たい機体を振り、左右の壁面に叩きつけられながらも犯人のキャロウェイから凶器を奪えずに悪戦苦闘します。

どれだけ長い時間がたったのでしょうか…

しかしまだ3分半しか経っていなかったのです。

機長のサンダースが、副操縦士のタッカーを呼び犯人のキャロウェイを見張っているように伝え、機長は出発地であるメンフイス空港への着陸の準備に入りました。

自動操縦から手動に切り替えた機長サンダースは、意識が薄れ左目は血で見えなくなっています。

それでも、意識を保ちながら着陸態勢に入ります。

が、ここで着陸するのに危険が伴いました。

それは、着陸時に良いとされている重量をはるかに超えていたのです。

緊急時に着陸する場合は、燃料を放出してから着陸するのですが、その燃料を放出するスイッチが機関士側にあるので、機長サンダースは操縦しており手を離すことができない。

その頃、犯人のキャロウェイは体力が少しずつ回復しているように見えました。

血まみれで重症を負った二人の体力を考えても、これ以上時間をかけることはできない。

燃料をそのままに着陸態勢に入ったのですが、高度も高く速度がはるかに超えていたのです。

管制官から指示のあった滑走路ではオーバーランする可能性があったため違う滑走路を使いたいと連絡します。

その滑走路は、当初予定されていた滑走路と90度の角度の位置。

重い機体を90度の方向転換、さらに滑走路に進入するために180度反転しなければならなかったのです。

それは、失敗すると失速して墜落するという極めて危険な方向転換でした。

機長サンダースは冷静に、滑走路の上を時速382キロで飛行。

タイヤの破裂もなく、滑走路終点の300メートル端ぎりぎりで止まることができたのです。

3人のクルーと犯人は病院へ搬送され、犯人は逮捕されました。

奇跡的に死者は出ませんでしたが、コクピット内部は血まみれ状態でした。

フェデックス705便ハイジャック事件のいきさつ

犯人は、フェデックス・エクスプレス子会社の社員オーバーン・キャロウェイ。

キャロウェイはアメリカ海軍のパイロットであったと称してフェデックス・エクスプレスに入社し、航空機関士として貨物機を操縦していました。

しかし、履歴書に飛行時間の虚偽があったことから彼を懲戒処分にする予定だったのです。

そのことを知ったキャロウェイは、解雇される前に自分の乗る便をハイジャックしてメンフィスのフェデックス本社ビルに衝突させ、本社を巻き込んで自殺しようと計画を立てたのです。

本当の理由

犯人キャロウェイは離婚しており、子どもがいました。

子どもには不自由なく生活させようと養育費を払っていたのですが、今回の飛行時間の偽装で解雇される可能性があったことで、失業することが恐怖でした。

失業したら子どもに経済的援助をすることができなくなる、そんな苦悩を背負いながら人生を生きることから逃れたい。

さらに勤務中に命を落とせば、家族に250万ドル近い保険金が支払われることを知っていたのです。

キャロウェイは飛行機事故を装い墜落させることを思いついたのでした。

もし飛行機が墜落し、事故死に見せかけるために銃ではなくハンマーや水中銃を凶器として使用したのもハイジャックの疑いをかけられることがないと踏んだからです。

それらの凶器をギターケースに詰め込んで。

そして、事故に見せかけるためにコックピット内の状態を知られないように、ボイスレコーダーのスイッチを切ったのです。

しかし、後にピーターソン航空機関士が離陸前点検でボイスレコーダーのスイッチがOFFになっていることに気づきスイッチONに入れなおし全ての会話は残されています。

フェデックス705便ハイジャック事件の犯人とパイロット(機長)たちのその後

ハイジャック犯のオーバーン・キャロウェイは心神耗弱による責任能力の不十分を主張しましたが、それを認めず有罪。

1995年8月15日に殺人未遂とハイジャック未遂の両方でどちらも終身刑判決を受けて収監されています。

1994年5月26日、機長のデビッド・サンダース、副操縦士のジム・タッカー、航空機関士のアンディ・ピーターソンは勇気を称えられ航空乗員組合により民間機パイロットの最高栄誉である金メダルを表彰されました。

フェデックス705便ハイジャック事件の犯人とパイロット(機長)たちの現在

一番危険だった副操縦士のジム・タッカーは頭蓋骨陥没で3度の大手術と2年半のリハビリで回復。

機長のサンダースは頭に複数の裂傷を負い、右腕を刺され、顎を脱臼し右耳はほぼ完全に聞こえなくなっていました。

航空機関士のアンディ・ピーターソンも頭蓋骨骨折と側頭動脈切断を負いました。

ただ、3人とも回復したものの民間商業飛行で飛ぶことができなくなってしまいました。

犯人のキャロウェイは現在もアトランタの連邦刑務所に収容されています。

ハイジャックされたこの機体は、MD-10へ改修、再塗装の後フェデックスで活躍していましたが2022年12月で運用を終了しました。

こんなことがリアルにあったと思うと恐ろしすぎる映像です。

The Hijacking Of Flight 705: Attempted Murder At 39,000ft | Mayday S3 Ep3 | Wonder

フェデックス705便ハイジャック事件の犯人とパイロットたちのその後 まとめ

1994年4月起きたフェデックス705便ハイジャック未遂事件。

犯人の履歴偽装から始まったハイジャック。

フェデックス本社から解雇されるかもしれない、離婚した前妻や子どもに経済的支援ができなくなる、そんな悲惨な状態から逃げたい、事故死にすれば家族に莫大な保険金が入るという身勝手な考えで3人のクルーたちが巻き込まれた飛行機事件。

元海軍パイロットだったという犯人の死を覚悟した行動力と体力は恐ろしいほど。

重症を負ったクルー3人も果敢に戦い絶対コックピットに入れないという無意識で力を振り絞り乗っ取りを阻止しハイジャックが未遂に終わりました。

その後、犯人は逮捕され一時的心神喪失を訴えましたが、認められず終身刑を言い渡されました。

機長、副操縦士、航空機関士は生きて帰還できたものの、再び同社で飛行機に乗ることはできなくなってしまったのでした。

フェデックス705便ハイジャック未遂事件の犯人とパイロット(機長)たちのその後でした。

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